またも・・・
おんなじパターンでした。
エゴ塗れだったけど、結局うまくいったし、想定外のうれしいことも現実化した。
「俺のあの苦悩の時間を返せ!」って感じ。
でも、冷静に実現していることを考えると、数か月前だったら、飛び上がって喜んで踊りたくなるようなことが起こっているんだけど・・・今はまだ、「そんなふうに期待してて、実現しなかったら嫌だ」というエゴの自己保身的なところと、一方で、認識変わってきてて「現実化が起こって当たり前」みたいな認識の、ちょ~ど境目あたりにいるので、結果がでないモヤモヤしている時期は、なかなか苦しいんだと思う。
現実化トラップ?
現実化がうまく行き始めると、「もっともっと」を過剰に求めてしまう。
それを、ダメなことだと思っていた。エゴの「期待感」と、叶っているの「安心感」はまた違うから、きっと、エゴが「期待」しているときは、「不足」を抱えているんだよなぁ・・・と。言葉の受け取り方の問題かもしれないけど、そんな風に思ってた。
でも、前回の記事に対して、ありがたいコメントをいただいたように、
エゴに乗っ取られようが、エゴを客観視できる状態にいようが、叶っているもののは叶ってる。叶っている状態が、「ある」
前回みたいに、完全にエゴに乗っ取られて、不足まみれであろうが、
「何があっても、叶ってるものは叶ってるんだ」
を信じられるように、今回のことも起こったのかぁ、なんて思う。
命綱を手放せない・・・といったらいいのか、
「これだけ変化してきても、まだ信じられませんか?」という状況なのかも。
ありがたいことば
とまぁ、なんとか、復活しかけていたところに、こまけぇさんの更新があって、みおさんという方の実現報告だったので、またそれが大変に良記事だった!
「決めたけど全然現実に反映されない!」ってありますがそれはもう根本がそもそも違うと今となって気づきました。
「内面が真実なんだからもう現実はどうだっていい」になるんですよね。本気でそう思って現象化すらどうでもよくなったらパラドックスで現実でも現象化するんですよね笑
ほんとツンデレすぎて笑います。いつだって関連付けてるのは自分なんですよね…そもそも苦しいから願望実現を始めてるのに何でわざわざ苦しいことばっかりに目を向けて苦しくなってるのか最早以前の自分が謎です。それで「だから叶わないんだ!」「嘘だ!」とかイライラしてましたが、叶った自分であることより苦しい自分を自ら選んでるのにも関わらずこれも謎です笑
~略~
○今苦しい方へ
皆絶対大丈夫です!エゴに気づければもうこっちのもんです!!気づいたら「幸せな自分」か「このまま現実に一喜一憂して何も叶わない自分」かを今選ぶだけです!!現実に反対のことが起きてもそれとは関係なく「幸せな私」を選び続けるんです。
そこでまたいつもと同じ反応をして現実と関連付けさせてては今までの在り方と同じです。現実に関係なく、いたい方にずっといるだけでいいのです。
【読者様からの嬉しいご報告】~内面を真実に変える~
もっと強欲に願いを今叶えちゃっていいんです!(皆謙虚過ぎます!)
なんかね、ほんと、応援してくれる感じもあり、毎日読みたいぐらい、伝わってくるモノがあります。
「選択」の重要性を伝えてくれているのもありがたい。
あと、今月になってよく読んでた、サロメさんという方のすべての願望はすでに実現しています、というブログ。下記の記事とかは、ほぼ同じニュアンスだと思う
たとえば「結婚して幸せになりたい」という願望があるとします。
「結婚したい」「幸せになりたい」と思いそれを願望とみなしているのはエゴで、大きな意識には「結婚して幸せな自分」がただ存在しているというか、それがただ真実としてあるというか、とにかく完了しています。
なので、ただ「今、自分はすでに結婚していて幸せだ」とエゴで気づき、あとはすべてを意識に委ねればいいのです。
でも実際には「気づく」といっても誰もピンとこないので、「結婚して幸せな私」を想定する、「結婚して幸せ」という属性を自分に与える、「結婚して幸せ」を選択・意図する、などといった表現のほうがわかりやすいと思います。
ただ、いくらエゴが一度気づいても、現実を見て現象化していないと「叶っていない」と判断し、つまり「結婚していないし幸せじゃない」と判断して意識に委ねてしまうので、その通りになってしまいます。
この「現象化」へのこだわりが、「結婚して幸せな私」であり続けることを阻む最大の障害といっても過言ではないでしょう。
「現象化」へのこだわりが「叶った私」であり続けることを阻む最大の障害 – すべての願望はすでに実現しています
こちらの記事が、もうちょっと概念的
「ない」「叶っていない」前提だと、たとえ「お金持ちな私」「素敵なパートナーがいる私」「成功している私」などと想定しても、どうしてもそれを無理やり思い込むだけになってしまいます。単に「想定したつもり」です。
同様に、「ない」「叶っていない」前提では、どんなにイメージングやアファメーションなどのメソッドをやっても何も変わりません。それでは単に「そうなりたい」と思っているだけです。
なので、まずは「ある」「叶っている」こそが前提だとすることが重要です。
というか、そもそも「ある」「叶っている」が大前提なので、それに気づくとか、思い出すとかいった感じで十分です。
それを前提として採用するのはまずエゴですが、次第に安心感や心のゆとりみたいなものが生まれてきます。
意識にもともとある「安心」「ゆとり」などといったものがエゴ上に浮かんでくるといってもいいでしょう。
そもそも「ある」「叶っている」が大前提なのでそれに気づこう – すべての願望はすでに実現しています
分割しました
ちょっと長くなったので、後編へ
コメント