カンペキングにはまってました

認識変更の大前提

・「自分が“そうだ”と決めたもの=現実」

・現実を証拠にしなくていい

その概念をねじこもう、としちゃうところがあったんだけど、そんなときに思いついたのが、イウォーク師匠の「カンペキング」

カンペキング

カンペキングがすごいのは、「現状」の肯定と、映写機としての「設定」が同時にできちゃうことだね

「現状肯定」しても「設定」したつもりでも、うまくいったり、いかなかったりだったけど、その点、カンペキングって、すごいなぁ。エゴが不安になろうと思えば、不安や心配になる要素はいくつもでてくるのだけれど、すべて「完璧」で押しとおってしまう。

あと、バランスがいいね。 意識としての自分でもない、エゴとしての自分でもない、まさに「human being」的な立ち位置にいられる思ったよ

思考停止

カンペキング設定だと、あまり思考が走らないのがいいね

嫌なことが起ころうが、いいことが起ころうが、現象とは無関係に、自分は常に完璧。

自分=世界を信じる方向とはちょっと違うけど。

あとは、
・めんどい
・時間がない
・やることありすぎ

って感じで、思考のループが止まらなくなっていたんだけど、「それでも完璧」って、ストップできるのがとても大きいかも

無理矢理カンペキングでもOK

桑田さんは何か否定してたきがしたけど、何かあったら「完璧」で済ましておけばいいんだよな。
チケットにも、「完璧だ」みたいなメソッドなかったっけ?そうしておけば、エゴが、勝手に、カンペキングと思えるような状況を見つけてくる。

一言で言えば、「認識変更ゲーム」の終了、ってことだね。変更するような認識などなかった、最初からすべて完璧だった。

「カンペキングになる」ではなく、「最初からカンペキングだった」

木彫りの人形

108さんの「木彫りの人形」の話もすごく思い出した

神様にすべて委ねたとき「勇気がいる」と感じるのは次ような理由からです。

「何もしないで手をこまねいていては、事態はどんどん悪化する」

「何らかの現実的な取り組みをしなくては、状況が改善されるはずがない」

「必死に努力したものだけが状況を打開することが出来る」

「頑張っても事態が悪化したのに、ほっといたくらいで改善されるわけがない」

「何もしないでいる者を、神がお救いになるはずがない」

「何もしないというのは怠惰なことに他ならない。つまり罪である」

「罪であるなら神が罰を与えるはずである」

「よって私は不足を経験するに決まっている」

…まだまだいくらでも挙げることが出来ますが、概ねこんなところです。

あなたに限らず多くの人がこのような思い込み、つまり信念を持っています。
あなたはこれらの信念によって、十全であるものに制限をつけています。

そしてその制限に沿った形で、十全であるものを部分的に経験しようとしている。

十全とは完全でまったく欠点のないことをいいます。
完全であるものは、思考による条件付けなどからなんら制限されていません。

ここに木彫りの人形があるとします。
この人形は、元々大地にそびえ立っていた大木から切り出された材木が材料です。

その材木を「こうあるべき」という任意の形に削り取っていった結果、木彫りの人形が出来上がりました。
ですが、これは元々の大木であった状態から考えれば、大きくそぎ落とされ、
極めて制限された非常に部分的なものであることが分かると思います。

これが不足の正体です。
あなたが制限しなければ、それは本来十全な状態なのです。
あなたの現実は実際には木彫りの人形などではありません。
実際のあなたは十全であるものに制限をつけることなど出来ません。
そんな能力は持ち合わせていないのです。
あなたは単に、

「私はこれこれこういう木彫りの人形である」
という条件付けにしたがって、そのように振る舞っているだけなのです。

その結果あなたは、木彫りの人形として経験できる部分だけに知覚を制限し、
それ以外の部分の経験について知覚を遮断しているに過ぎないのです。

あなたが自分を木彫りの人形だと信じ込んでいるている以上、
あなたはその制限された能力を頼りにすることになる。
そして当然のことながら、それは十全に働き得ない。

あなたが木彫りの人形として振る舞うことを止めれば、
あなたはその制限された仮想的な能力を頼りにすることはなくなる。
そうなれば本来ある十全な能力が働く余地があなたの知覚に入って来る。

それは何らかの能力を失うようなことではなく、本来ある十全な能力に譲るということなのです。

つまり「神様にすべて委ねる」とは、木彫りの人形であるという仮装概念を放棄することです。
そのことに対して、何ら恐れを感じるようなことはない。

不安や苦しみがでてきたときは、

「神にすべてを譲り、私が自ら設定したこの制限を放棄します」

こう断言してみてください。

108式10 不足感というのは、あなたの思考が巻き起こしていた実体のない妄想 | ザ・チケット板☆備忘録

カンペキングの本質

前回記事で引用させてもらったような「不足は存在しない」が本質的なところなんだろうと思う。

まとめ

なんか一時は、もうこのブログが停止してもおかしくないような、良い感じの結論にたどり着いてた。スケジュール的にも、たのしいクリスマスデートの準備とかをはじめていたりとか。
これがまさに「カンペキング」と思っていた。

だがしかし・・・(つづく)

コメント

タイトルとURLをコピーしました