あなたとは違うんです!

「叶う」よりも「叶わない」に焦点を当てたリアル記事

だから、できないんだって!!

自我が壊れたり、過去トラウマがでかすぎるような自分にはさ、「現実無視」できたら、そんな簡単な話はないのよ。

「現実は幻」 → 体に痛みある人はどうすんの?

「充足が真実」→ 「そう思えない」自分に対しての二重責め

すべての自愛を拒絶する、エゴの暴走力

まぁ、言ってしまえば、人生の傷つき度具合にはなるんだろうが・・・これまで何度も書いている「自愛は苦手」の通り、自分のエゴは、マジで最強最悪だと思う。うまくいっているように思えた流れも、何もかもぶち壊す。

うちはいわゆる「毒親」だったとは思わないけど、自分の「感受性」が、とんでもなく傷つきまくっているエゴを生み出していることにようやく気付いた。

不幸の絶対呪縛

もう「呪縛」だよね、ここまでくると。

「絶対にお前を幸せになどさせない」という怨念、悪意の塊が、自分のなかにいる

そんなときにさ、「充足しかない」みたいな記事を呼んだらさ、その自分の中にある「悪意ある存在」否定したくなるじゃん、消したくなるじゃん。

で、理論なりメソッドなりで、一時的には、消える・・・「不足は幻だった」となる

・・・からの~~、エゴの大逆襲。

「引き寄せ」とかよりも上位概念として、自分の根底に「強烈なエゴの不足感」がある限り、最終的に、エゴが勝利で、身体ともボロボロになる。

・・・でも、すこし落ち着いたころに立ち上がって、また旅立つわけだけど・・・エンドレスループだよねぇ。。

認識の変更って、マジなんなの?

こんだけ、認識の変更だ、別の領域だ、潜在意識だ、エゴだ、自愛だ、現実は幻だ、設定だ、とやってきて、まだ・・・まだ、こんなことが続くのか、と。

ほんとに、認識変更した人たちは、未来永劫ハッピーで、望むことを次々と実現してんのか?って疑ってしまう。

一番いいのは、「自分は意識です」って発言してる著者が身近にいて、「何がどこまで願望実現してんの?」ってのを見れることだけどね。

御大も、引き寄せセミナー講師としてはすごいとは思うけど・・・「なんでも願いを叶えている」って感じには思えないし、まとめとしか残っていない過去の達人だって、いまどうなってるかわかんないからね。
「たまたま」その人のやり方で、うまくいった事例を、「達人」とあがめているだけなんじゃねえの?みたいな。「再現性がない」って、ちゃんと書いておいてほしいぐらい。

すべての記事に、

※個人の感想です

みたいな注釈をつけないと。

考えてみれば、業界入りする時点でその人が「どんな内面」を持っているかどうかなんて、ほんとに千差万別なわけだからね。

引き寄せ業界には、10年以上の現役難民もたくさんいると思うけど・・・本音ベースではスピ・自己観察・自愛・悟り系に対する 強烈な違和感と怒り、がある人も、たくさんいるんじゃないかと。

(でも、それを訴えたところで「そういう認識や感情だから願望叶わないんです」と返される無限ループ・・・)

まぁ、なので、何でもかんでも叶う系は、アクセス稼ぎや、セミナーや教材誘導への誇大広告だと思ったほうがいいかもしれんけど(まぁスピ業界に限らず・・・マーケティングって、どんな業界でもそういうもんかもしれんが)

ネガティブのコア

要は、インナーチャイルド的な議論なのかな、と思った。ただ、「こども」と表現してしまうと、人間的にいろんなエゴが混ざってきちゃうので、あえて感情単体で観ていったほうがいいのかなと思って、あれこれリストアップ

・絶望
・失望
・みじめさ
・さみしさ
・報われなさ
・孤独
・孤立
・自己嫌悪
・自己否定
・妬み
・恨み
・罪悪感
・無価値感

ふつうに表現したら、「人から愛されない」どころか「嫌われる」「避けられる」要素を、子供のころから、抱え続けたままの自分がいる。

そんな、まぁ、一言でいえば、「闇」の自分を隠して、なんとか、人の世の中で幸せになろうと努力してきた結果、いまこうして、その「闇」が、なおさら強く感じる結果となってしまった。

その「闇」を、癒そうとするアプローチも、効果がないか、闇に飲み込まれてなおさら悪化するかで、結局効果はなかった。

でも、愛されたいから、その「闇」を抱きしめてくれそうな関係を求めるのだけれど、、それもまた、闇を肥大化させるだけだった。

闇と闘う無益さ

自分の中で「闇」を消して、「光」になりたかった。「光」じゃないと、世の中では愛されないから。

ただ、残念ながら、自分はそうは生れつかなかったし、そうもなれなかった。

自分の人生に延々と不幸を引き寄せる、「闇」との戦いの最後の切り札が、「別の領域」「認識の変更」等の業界だったわけだけれど、それすら、10年以上たって、意味がなかったんじゃないかと・・・思わざるを得ないような状況。

「闇」を消そう、無視しよう、「光」を強くしよう、というアプローチは、自分の生命の危機すら感じるほど、「闇」が、肥大化するだけだった。

「〇〇すればだれでも叶う」の「〇〇」ができないことで、「自分責め」という「闇」がまた増加する

何をどうやっても、自分から切り離すことができなかった、闇。

もう残された結論は、逃れられない「闇」と共に生きるしかなく、そういう、「愛されない」要素の塊を持った、心の中の自分を、受け入れられるのは自分自身しかいない。

「闇」が求めていたのは、「そのままでいいよ」「そこにいていいよ」と、ただ、受け入れてもらうことだけだったのかもしれない。

本当の不幸の元凶があるとしたら、社会に愛されるために「闇」を否定しつづけてきた、ジャッジなのかもしれない

画家さんの言葉

人間が一番存在を薄くする方法はひとつだけ。

「今の私じゃダメだ」という考え。

で、いつかは変るだろう、と考える。これはあなたを隠す事になります。

人間が一番存在を輝かせる方法もひとつだけ。

「私はありのままの私を受け入れる!」という宣言です。

ここにパラドクスがある。

あなたが今のあなたをそのまま受け入れたとき(いいも悪いも全部ね。無判断に)、

あなたがなりたいあなたになれます。

「え?今のアタシを受け入れた、そのままでいる、って宣言したのに?」

そうです。

何も嫌なものを好きになれ、というのではありません。

ただ受け入れるだけです。

カラクリはこうです。

いま、ここにいる自分を肯定すればどんなあなたにでもなれます。

しかしいま、ここにいる自分を(自分の考えや感情を)否定すると

その否定した自分を創造し続けるんです。

明日になっても明後日になっても「いま、ここ」の自分です。

解ります?

あなたが持つ失望感?虚無感?なんでも宜しい、全てを抱き取って認めてください。

そこからどこかへ行こうとするときは先ずそこにあるものを認めるところから始めます。

実のところ、いまあるあなたを認めさえすればあなたは変ってしまいます。

あなたがひとつになるからです。分離が消えるからです。

だ・か・ら

「私はありのままの私を受け入れる!」

と宣言してみてください。

じわーっと何か安心感が沸き起こるはずです。

「あ~!このままでもいいんだ~」という理由もない安心感が。

そこで何の理由もなくただ幸せだという気持ちを感じてみてください。

静かに満ちてくる感情が沸き起こります。

今のあなたをそのまま受け入れたとき、 あなたがなりたいあなたになれる

「どんな自分も受け入れる」

たださ~、言葉で言うのは、ほんっとうに簡単。

でも「どんな自分も」だよ。

人の心の傷つきは、出来事で変わるわけじゃないので、「軽々しくいうな!」という気もしてしまうけれども、のたうちまわるほどキツイ、〇んだほうが楽だとどれだけ思ったことかと・・・それが何十年も続いてます、と。

108さんの包丁事件みたいに、そう思った瞬間すごい気づきが訪れた、なんて奇跡もなく・・

かといって、〇ぬ勇気もなく、受け入れられない自分がいるから、願望求めているわけでさ。

そんなことができるのは、そんな程度の人生経験しかない比較的幸せな方々なんじゃないかと・・・別に、こんな業界こなくたって、なんとかなったんじゃないの?って。

バーソロミューの金言

あえて今日は、自分の中の「怒り」「かなしみ」をまき散らす方向で書いてますが、それはこのバーソロミューの話に帰結します。

過去に何度も引用したつもりが、1回しか記事になってなかった、バーソロミューの「感情は子供です」の話。バーソロミューを知ったのは画家さんのコメントからだし、ご本人も影響を受けているのではないかと思ったり。今日のあれこれは、この引用を紹介するためであったりする。

あなたが今すわって、温かさやパワーを自分の内に感じ、幸せな気分でいるとします
そこに電話がかかってきて、受話器をとると誰かが、お前はひどい奴だ といいます

そこで、一瞬前にはなかった感情が発生します
そして例のプロセスが始まります
想念があなたの周りに近づき、あなたはその想念を引き寄せ、それを感じます
それは大きくて重い、荒削りの岩のように感じられるかもしれません

あなたはそれを取り除きたいと思います
あなたの頭は自分の中に入ってきた想念を否定しようとしますが、結局うまくいきません

前にもこの否定をやってみましたが、うまくいったためしがありません

では、代わりにこの方法を試してください
自分の中に嫌な感情を感じた瞬間、自分にこう言うのです

私はこの感情を愛します
それを歓迎します
この感情は、去る必要もなければ,変わる必要もありません
私の一部なのですから
私はこの感情を受け入れます

そうすると、心の中にいつもある温かさが、この岩のほうに動いていきます
そして、ゴツゴツした岩をなめらかにし、それを囲み、ボロボロにしはじめます

つまり、この岩に対するあなたの愛の力を通して、岩はその愛を自分の身につけます
それはあなたの愛で満たされます

愛がこの醜い感情の塊に注ぎ込んで、それを囲み、高揚させます
そしてこの感情は愛に溢れた感情に変わるのです

そこで人は、自分の持つ愛とそこにある苦しみという二つのものを、同時に感じることができることに気づきます

愛の力は限りなく大きく、愛が内包できないものは何もありません
この限りない愛の力を使うことこそ、あなたが学ばなければならないものです

愛するものを失った悲しみがどんなに大きくとも、心の中に、その悲しみと、限りなく大きな愛を同時に持つことは可能です

どちらかを選ぶ必要はないのです
嘆き悲しみたいときは、思い切りそうしたらいいのです
病気をしてもいいのです

どんな悲しみも後悔も罪悪感もすべて思い切り感じていいのです
あなたの心の中にある愛は限りなく大きなものですから、どんな感情も包み込んでくれます

何も心配する必要はありません
感情はあなたの子供です
それはあなたの子供です
子供たちが欲しいのはあなたの愛です

その感情を生んだのは、ほかならぬあなたなのに、あなたはそうした感情をまるで親なし子のように扱っています
けれども、それを創りだしたのはあなた自身なのです

これらの否定的感情をあなたの愛で暖め、受け入れてやることで、変化や自己変革が現実のものとなります

自分は限りなく大きな存在であり、どんな感情を抱いていても大丈夫なんだと確信できると、何ものも恐れることがなくなります 

この世に存在するもので自分が内包できないものは何も無いのだと分かると、怖いものがなくなります

愛するものを失った悲しみがどんなに大きくとも、どんなにひどいことが身に起こっても、その感情を自分の心に抱き、なだめ、温め、心を開き、愛することができるのです

大きな心の痛手を受けた人も、それから逃げないでください
それを愛してください

あなたを傷つけた人を愛するというのではありません
そうではなくて、その苦しみの感情を愛するのです

バーソロミュー 自分を愛する: 染み渡るバシャールの言葉

ここで、めちゃくちゃ、今回大事だったのは「自分」を愛するんじゃなくて、ネガティブな「感情」を愛する、受け入れる、ってアプローチなんだよね。「自分を愛する」だと、どうしても「光」側の自分だけを愛することになりがちで、放置される「闇」がなおさら強くなり、いっそうの「闇」を感じさせる出来事を引き起こす。

願望実現で求めていたもの

自分が求めていたのは、願望実現でも、成功でもなかった・・・というか、それより先に欲しいものがあった。

この闇を抱えたままでも、誰かと一緒にいていい、そう感じられる場所が欲しかった。だから、過去何十年と、恋愛がその痛みの引き金になることがほとんどだっだよね。
一人では、抱えられないと思っていたし、そういう痛みこそ「分かち合う」ものだと思っていたので。

・・・でも、その「闇」が超重量級だったようで、わかってくれる人はほとんどいなくて、孤立が高まっただけだったけどね。

isaさんが言ってたような、「願望実現で望んでいることは自分を好きになる事」という方向ではなく、本質的には、「嫌いな自分を見ないようにする」ための願望実現を目指していたわけだ。けれども、そもそも、その「嫌いな自分」・・・もっといえば「嫌いなの要素」を受け入れる、こと。

まぁ、これも言葉で書くと簡単なんだけど、「嫌いな自分の要素を受け入れる」というのは、「生命の危機を感じる(〇にたくなる)レベルにキツイ感情」を含むので・・・「闇」というより、「痛み」のほうが近いかもしれないな。

ただ、やっとその向かい合う準備はできたかも。

まとめ

「見たくなかった自分に向かい合う」ということだよね・・・見ないようにしていても、結局節目節目で、ドギツイ感情を含めた自分の嫌いな要素を浮き彫りにする現象化、は発生してしまうわけなので。

なので、いったんこれまでの概念はストップして、ただ自分の中にある、不都合な真実を見つめていく・・・もう、消したり、無視したり、「幻想だ」なんて切り捨てたり、「充足を向く」、なんてことはしない。ネガティブが出てきたときは、ネガティブと一緒にいる。自分の中に、ずっと痛みがあったことを受け入れる

「♪もう何も怖くない 怖くはない~」的になれるかどうか。。

まさに、自愛「道」ということで・・・このブログは、良くも悪くも、現在進行中。

とりあえず、彼女のためにかつてないイベントを盛り込んだクリスマスがどういう展開になるかを、ドキドキハラハラしながら見守りたいと思います。

コメント

  1. ペコ より:

    いつもありがとうございます。

    今回の記事もとても心に響きました。

    私も同じ道を辿りました。
    闇を消すために心理学を学び、トラウマと向き合い、108さんの不足は無いを実行しましたが、全ては闇を消そうとし、闇に向き合い、結果闇を色濃くしただけでした。

    コントロールするのではなく、あれもこれもあっていいとする自愛や、完璧認定で現実の見え方が変わってきました。

    • tonpei より:

      >ペコさん
       こちらこそ、ありがとうございます。
      今回の記事、アップする前は、これまで読んでくれている方どう思うかなぁなんて不安もあったのですが、ペコさんのように感じてくれた方がいて書いてよかったと思えました。

      ペコさんにもトラウマがあったのですね。そういったつらい過去を持つ方には、潜在意識の理論が残酷に聞こえることもありますよね。

      次の記事で書いたように、自分はいま、痛みと直接向き合うというアプローチで、少しずつ変化を感じているところです。ペコさんも自愛や完璧認定の継続で、よりよい現実になっていくことを願っています。

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