「いま」についての良きまとめ

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こちらのまとめがとってもよかった

【体感】「今しかない」どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚しているだけなんです。どこに出かけても今は今です。 | 達人に学ぶ潜在意識

認識変更とは

人によって微妙に違う、「認識の変更」の定義

認識変更は、思考の罠から抜け出すことです。

今まで思考に振り回されて、思考の世界に生きていた自分から自由になることです

思考から抜け出せたなら、いつまでも「今」しかなく、「今」だけしかないということに気づくことです。

幻想である過去や未来に自分が脅かされないようにすることです。

「今」しかない。

それに本当に気づけるかどうかです。

頭ではなく全身できづけることです。

【体感】「今しかない」どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚しているだけなんです。どこに出かけても今は今です。 | 達人に学ぶ潜在意識

家のたとえ

あなたは家には居ます。

ただ、あなたの家でつけっぱなしにしているテレビやラジオ(思考、想像、記憶)から止めどなくそこに入り込んで怯えているんです。

自分が家にいるのに、テレビやラジオの世界に入り込んでしまうという狂気にいるんです。

だからあなたはテレビやラジオ(思考、想像、記憶)を消して、今この瞬間に戻って家にいたんだと気づくんです。

質問さん

意識しないでもそうなってる感じですか?

達人さん

いや、無意識にテレビやラジオをつけてしまうことはあります。

だけど、いつでも家に居ると気づけば、それを消せばいいだけです。

別に忘れても構わないんです。

ただ、戻る場所は知ってるんだから、安心して色々できますよ。

大事なのはずっと家に居て安心してる事じゃなくて、人生や世界を味わうためだから、いつでも安心な場所に居ると知ってればいいというだけです。

【体感】「今しかない」どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚しているだけなんです。どこに出かけても今は今です。 | 達人に学ぶ潜在意識

自分もこちらの記事で感じたことだ

生まれてから一度も離れてない

これって「意識」をとらえる上で、かなり大事な概念だとおもう

どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。

ただ思考や状況など外側を見て「そちら」に意識が奪われているだけなんです。

「実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚」しているだけなんです。

実際の行動と、今を一緒にしちゃっていたから混乱してしまっていたんですよ。

そうです、ずっと外側を基準にしていたら、幸せは全て外側頼みになりますから、そんな外側頼みでいたら、いつまでも幸せにはなれません。

外側に関係なく、まず今この瞬間幸せであることです。

どこにいこうと、どんな状態であっても、いつまでも、生まれてから、「今ここ」以外には、どこへも行ってないと気づくことです。

どこへも行ってないというのは、どこかへ行動してないということじゃないです。

あなたの意識の話です。

意識はいつも、生まれた時から、今というところから動いてないんです。

外側という目まぐるしいものに、幸せを翻弄されているから幸せになれないんです。

私は外側に関係なくどこへ行っても幸せです。そして外側も幸せです。外側は必ず変わるものです。

それに翻弄されない気づきを持てるといいですね。

今をとらえられないというより、いつまでも今しかないです。

自分の過去の経験や、未来の予想だけじゃなく、今現在の目の前の認識も含めて、どう判断しているかです。

今、目の前や状況などに関係なく、今自分は幸せであるかどうかです。

今です、今。

【体感】「今しかない」どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚しているだけなんです。どこに出かけても今は今です。 | 達人に学ぶ潜在意識

願望実現

じゃあ「今」にいたら、願望は叶うのか?

質問さん

願望実現についてはどう考えていますか?

達人さん

願望については、やりたいことはやれています。

幸せに生きていれば充実感はあるし、人も幸せも集まってきます。

幸せになろうとは思ってません。

今幸せですから、外側も無理なく幸せになっています。

皆さん、逆です、全て逆です。

幸せであれば幸せはポンポンやってきます。

今この瞬間、嘘偽りなく幸せと感じられているかどうか。

自分はどこにいても、タフな現場や状況にいても、幸せを嘘偽りなく感じられます。

無理矢理思い起こしたり、なりきったりすることもありません。

場所や状況に関係なく幸せを感じているんで、更に幸せになれたし豊かにもなれました。

外側の幸せは、自分の幸せに沿って変わりましたよ。

引き寄せの法則は「撒き餌」ではなく、自分自身、幸せになるから、更に幸せになれる。

みんなここの落し穴に落ちてるんですよ。

それはどうしてか?

それは引き寄せの法則や認識変更をして幸せになりたいから。

だから落し穴に落ちるんです。

【体感】「今しかない」どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚しているだけなんです。どこに出かけても今は今です。 | 達人に学ぶ潜在意識

思考と感情

思考や感情も、私の世界を形成している大切な一部です。

思考や感情の無い人生など味気ないはずです。

思考や感情も、ちゃんと役割があるんです。

今は当然とらえられませんが、今をとらえようとする必要もないんです。

なぜなら、いつまでもどこまでも今しかないからです。

今の中に思考がある。

思考を超えたところに、大いなる自分はあります。

私=今でもあります。

その思考を超えたところに在る今、「今という自分」といつも繋がっていることです。

大いなる存在の今=私です。

カタチの無い私です。

【体感】「今しかない」どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚しているだけなんです。どこに出かけても今は今です。 | 達人に学ぶ潜在意識

自分=今=豊かさ

そうです、いつでも今にいたと気づくことです。

いつでも、豊かで大いなる今に、いつでもいるんです。

でも「今に居ることに何の意味があるんだろう」という人もいるでしょう。

それは、今=あなたという大いなる存在に気づいてないからです。

どこへ行っても、あなたの今=豊かさは、決して変わらないんです。

なのに、外側や思考に目移りして、今にいるのに悪い錯覚を起こしてしまっているんです。

豊かさはあなた自身です。

そこに気づけば、どこへ行ったとしても、豊かな今から世界や人生を楽しめるようになります。

自分というのは思考を超えたところに在る豊かさそのものなのに、誰かと比較しては落ち込んだり、一喜一憂したりします。それは自分の豊かさに本当に気づいてないからです。

今というのは頭にはありません。

それは感覚で言えば胸や全身ででわかると思います。

どこへ行ってもあなたの豊かさ=今。

どこまでも行っても今は豊かさなんです。

これさえ気づけたら引き寄せの法則もできるのと同じです。

【体感】「今しかない」どこにいても、今という場所から、生まれてから一度も離れてないんですよ。実はどこにも動いてないのに、動いたと錯覚しているだけなんです。どこに出かけても今は今です。 | 達人に学ぶ潜在意識

まとめ

たしかに「今」にいられるようになると、しあわせなことが起こってくるとは思う。

ただ、これが個別の「願望実現」に関係あるか、といわれると、また違う話じゃないかなぁ。エゴ的な願望をガンガン叶えている人が、常に「いま」にいました、というわけではない気がする、というか、むしろ「いま」とは離れている気がする。

 → (2025/4.30追記)
  その答えは、こちらの天寿さんの話ですな。

コメント

  1. こまけえ塾塾生 より:

    こちらにもコメント失礼いたします。

    いつも混乱するのが、
    自分は観客席にいる、
    だとか自分は体験しているだけ

    だからずっと安心しかないみたいな表現です。

    今回も家や風船が出てきましたが、

    自分の意識をみてる側に持っていけるならそれで安心すると思います。

    でも意識はずっと自分の頭の中にいて、目も自分の顔についてるから自分視点でしかこの世界を見れません。

    幽体離脱して上から自分を見下ろすことができるなら話は別ですが、

    私はスクリーンに映ってるだけで、本当の私は観客席と言われても

    観客席側を「想像」したり、あると「意識してみる」ことしかできませんよね?物理的に無理ですから。

    説明ではなるほどと分かってもいざ、実践となると、どうすれば腑に落ちるんだろうと悩みます。

    目が顔じゃなくて空についてたらいいのにと思います。

    • tonpei より:

      > こまけえ塾塾生さん

      このあたりは、まさに言葉を超えた、個人個人の「感覚」の話なので、難しいですよね

      自分がこまけえ塾塾生さんと明らかに違うのは、

      「でも意識はずっと自分の頭の中にいて」の部分、

      ここでおっしゃってる「意識」というのは、「人間としての意識」って感じだと思うんですけど、この記事に書いている「いま」を体験している意識というのは、頭の中にいるようなものではなく、もっと大きな部分、

      自己観察さんでいう「背景の意識」みたいなところなんだと思います。

      「観客席側」というのも、あくまで「例え話」なので・・・「思考感情としての自分のエゴ」を、客観的にみている立場に気づけたとき、確かに「スクリーンを見てる」とか、「観客席にいる」って感覚だなぁ、たしかにいい例えだなぁ、と感じる、

      自分としてはそんなふうに思ってます。

      「想像」とか「意識」してみることをやめてみたとき(=何かをしている以外の自分に気づいたとき)に、はじめて見えてくるものとというか・・

      「考えるな、感じるんだ」みたいなことしか言えなくてすいません、という感じです。

  2. こまけえ塾塾生 より:

    ご返信どうもありがとうございます。

    例え話なのは分かってるんですよね^^;

    ただ思考というか、意識は脳が頭の中にある限り頭の中で起こるわけで‥
    エゴエゴな自分をみるといっても脳内で“エゴを観てる私を意識している”といった具合です。

    ただ、大きな意識というか、人間としての意識(寝たらなくなる意識)ではなく、全体としての意識というものに関しては
    あるんだろうなとは思っていて、ただ掴めないといった感じであります^^;

    早く掴みたいなぁ

    自愛道はいまこまけえブログよりアツいです!笑
    読み込みます!

    • tonpei より:

      >こまけえ塾塾生さん

      「意識を意識する方法」みたいのは、潜在意識界隈だけではなく、それこそエックハルトトールの著書にもいろいろ書いてあったはずなので、こまけえ塾塾生さんに合うやり方が見つかればよいですね。

      コメントの感じだと、こまけぇさんのこちらの記事も参考になるのではと思ったり。
      https://komakeekoto.com/jisakujien/

      いま自分的には「クライマックス感」が来てるので、更新頻度もアツさもあるかもしれませんが、基本的にこのブログは「試行錯誤」の経緯なので、読み込まれると余計混乱するのではないかと心配ですので、読み流す程度で・・・^^;

      こまけぇさんもしばらくブログ止まっちゃってますけど、どうされてるんですかねぇ。。

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